hangglidingのブログ。


by kenji55000
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遠野~それはこころの故郷(ふるさと)~part1

ニッセンのTASK1で僕が2位とりました。
”きっと、増田ラッキーでこんなに飛んだんだろうな?
ま、増田なら別にまくれるからいいか?”
と思った人多いと思います。
ぼくは、降りたとき、なんてラッキーなフライトだったと思いました。
”風の神様ありがとうっ”て本気で思いました。
いままで、dairyでシングルとったことなんで、遠野のプレニッセン以外
(参加人数30人)なかったですから。
自分自身びっくりしました。自分の成績x=実力α±安定度βで考えるとβが振り
切ってしまったと思いました。

いま数日たってふりかえるとあれは偶然じゃなく、必然だったと思えてきました。
ニッセンのあのTASK1にむけてやったこと
・ルールを事前に目を通す
(選手の方は、開会式のあとの競技説明で、GOOLはラインかシリンダーかはっきりしてほしいって僕がきいたの覚えてますよね)
・もちろんパイロン地図はざっくり目をとおす
・前日にはいって天気がよければフリーフライトの予定だったが、強風で飛べなかったから、GOAL全部とよく使いそうなパイロンは役員にデータもらって車で回って現物確認した(まちがったパイロンはノーマークで行かなかった)
 大沼さんとプレニッセンのとき、サーマルが遅めだったことを思い出した。
 ”風はつよいし、サーマル時間帯遅いし、サバイバルだね”と雑談した。
・前日は、宴会もそこそこにして、はやめに寝て体力を蓄えた
・朝は興奮して4時頃早起きし、天気を見ながら今日の展開をイメージした
 (朝、ちょっと雨が降ったみたいで、サーマルの発生が遅れると思っていた)
・出発約1week前に役員の司さんにメールで、遠野の最近のコンディションきき込んだ(風は強いが、とべればタスクがこなせるくらいそこそこあがる)
・自分の道具で、バリオGPSのステイがみなが使っているスカイラインのものより抵抗が大きいの知っていたので、板敷の大会終了後、速攻スカイラインのステイを郷田さんに頼んで、その場で受取、フリーフライトでは時間がなかったけど、自転車にのってスピードメータの値の補正をしておいた。ステイのひもの取り付け方を、前日の5/1、同じステイをもっているひとを探し回って、ベストな方法(氏家さん方式)を採用した。
・ニッセンの途中で、バープレッシャーの安定感(そのぶん下げれる)のメリットがあるアルミ→カーボンバテンの交換を事前に大門さんにお願いして、キャンセルの日にやってもらう予定だった
(結果、大門さんと予定があえす、ニッセン後の交換になった)
・事前に競技委員会のHPで過去の1999年プレニッセン2000年日本選手権
リザルト、主催者報告を読んでおいた。条件がよいと海風(東風)がはいって、遠野の盆地内にコンバージェンスラインができることを知っていた。あまりおそいと盆地の東側は海風のせいで渋くなるかもしれないと予想していた。
過去の2大会でGOOLがでたタスクは合計5本で、かなり、GOOLの割合が少ない、2000年のとき2本は約80人で10ずつしかゴールしていない。常連の方でほとんどGOOLしていた。(フレッシュメンはOAKの和田さんくらいかな?)
GOOLが出た日は対外北西テイクオフ。ということは西面使うからサーマル遅め?

ここまでが準備です。

ここまでやったひと何人いるだろうか?
ここまでやったのは、板敷の結果23位でがっかりしたから。
2004年の板敷は20位でそのときはすごくうれしかった。
ということは僕の実力は10番代に上がった。
でも、今年の板敷、大沼さんと最終日のタスク(大沼さんはGOOL)についてメールでやり取りしたとき、”勝ちたい気持ち”が足りなかったからこの結果(23位)になったんだと反省した。


ここからテイクオフに上がってからの話
当日TASK1のゲートの時間は12時から13時まで15分インターバル、
確実にゴールするなら、朝湿っていたから、絶対13時スタートと決めていた。
シードが12過ぎから12時半に固めてテイクオフしたが、風が強いし、
狭い空域にたまっていたので僕のテクニックでは安全ではないと判断し、待った。
シードのときはテイクオフの風が10m/s弱で安定していたが、13時半すぎ弱いと
き5m/s,強いときに6~8m/sまで落ちて自分でも出れるとおもった
選手全員に渡された、大会無線で永光君が”3個目のパイロン附馬牛中近くに降
りた”とテイクオフできこえた。その声が、やや自信にあふれていたので
永光君の普段のスタイルから想像して、シードで一番飛んたのは彼だとある程度
確信していた。
キャンセルするかどうか悩んだが、役員の順子さんにLDの風きいて北西5m/sときいて、、安全にとべるならとぶっとびでもいいと割り切って、2時ちょっとまえにテイクオフした。(1本目の選手で1番最後だったようです)危ないテイクオフをして、テイクオフ付近でAGL900まで上げ、余裕をもってLDに向かう。とりあえず札場橋にいくし、製材所の上はサーマルポイントだから上を通過しよう。

海抜700で+2m/sヒットあれおかしいなこんなに条件よかったっけ?1800まで江沢山山頂よりも東側まで流された。それからギアを1速から5速に上げ(気持ち切り替え)、先行していた松田さんとP08で合流し、2個サーマル使ってほとんど一緒に中学校とって、馬の里一直線でもどり、そこで、先にぼくが1500まであがって、その高度でサーマル2度見失った。15時すぎ(タスクフィニッシュ16:00)だし、松田さんは僕の下500m以下。待っているとたれて共倒れになるかもしれない。一人で1500mで走って、交差点とっておりる(交差点をバイパス上にあるとまちがって無駄にグライドしてしまった)
 
P08で低かった松田さんは、そのあとかなり流して、でも、しっかり1900まであ
げ、交差点、病院とってTS4おりた。僕の20分後くらいか?

回収をまっているとき、この喜びを誰かに伝えたくてしょうがなかった。
今日は用事があって茨城に戻っている大門さんを思い出した。コンバット1-2フィニッシュだし、きっと点がつかないし(残り3日で大門さんが逆転可能)、大門さんにはよいことづくめだ。実際、喜んでくれたし、”おめでとう!”って大門さんから言われ(2001年ナサス優勝のとき以来かな)すげーうれしかった。僕がこの成績をとれたのは、だれのおかげか、あえて順番をつけるなら、やっぱ一番は大沼さん。2番は大門さん。愛知に引っ越したとき、骨折したとき、いつもぼくにあたたかいゲキをくれたから。いつも学生のとき大会連れて行ってくれたし。グライダーのチューニング、大会の戦術、いつも教えてくれた。
これからもよろしくお願いします。(読んでるかな?)

もしゴールしていたら今日の飛びから推測するとスピードのアドバンテージは僕にあったし、もう一本20%ぐらいゴールできるタスクなら絶対まくれる!と思ってました。タイムレースなら松田さんまくっても、ミッチー、板さんにまくられていたかもしれない、、。タラレバの話ですが。
自分の判断は間違ってなかったこと、これから自分に自信を持っていこうと思いました。

Part2 ”飛ばなかった理由”はもうちょい待ってください

P.S.”らんぽうさん”も読んでる青い日記
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by kenji55000 | 2005-05-10 06:48 | hanggliding